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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)53号 判決 1990年6月21日

原告

田中須美子

右訴訟代理人弁護士

前田裕司

小島啓達

被告

武蔵野市長 土屋正忠

右訴訟代理人弁護士

中村護

関戸勉

倉田大介

古川史高

右指定代理人

天野巡一

被告

武蔵野市公平委員会

右代表者委員長

本林譲

右訴訟代理人弁護士

濱秀和

大塚尚宏

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告武蔵野市長が、原告に対して、昭和五八年一〇月一四日付けでした転任処分を取り消す。

2  被告武蔵野市公平委員会が、原告に対して、昭和六一年一月三〇日付けでした裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

二  被告ら

1  本案前の答弁(被告武蔵野市長)

(一) 被告市長に対する訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁(被告武蔵野公平委員会)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件転任処分の存在

原告は、昭和四八年二月一日以来、武蔵野市職員として勤務していたところ、被告武蔵野市長(以下「被告市長」という。)は、昭和五八年一〇月一四日付けで、原告を武蔵野市市民部市民課市民係から同市水道部業務課収納係へ異動させる旨の転任処分(以下「本件転任処分」という。)をした。

2  本件裁決の存在

原告は、昭和五八年一〇月一九日、被告武蔵野市公平委員会(以下「被告公平委」という。)に対して、地方公務員法四九条の二第一項に基づき、本件転任処分の取消を求めて行政不服審査法による不服申立(以下「本件不服申立」という。)をしたところ、被告公平委は、昭和六一年一月三〇日付けで、これを棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

3  本件転任処分の違法性

(一) 不公平な転任処分

(1) 外局勤務を職員間で公平に負担するという職員の異動に関する原則

昭和五〇年七月一〇日、武蔵野市当局(以下「市当局」という。)と武蔵野市職員労働組合(以下「市職組」という。)との間で、外局(なお、当初は「出先」という言葉が使われたが、最近では、「外局」という言葉が使われることが多いので、「外局」ということとする。)から外局への異動、病気中の異動、組合役員の異動は行わないという職員の異動に関する原則が合意され、また、本庁五年、外局三年という異動基準も、特殊な場合を除いてという留保付きながら、概ね合意された(右の異動に関する原則及び異動基準を、以下「本件異動原則」という。)。

本件異動原則が合意された趣旨は、外局勤務が、本庁勤務に比べて、職員交流、福利厚生などの面で不利益であるとの労使間の共通の認識に基づき、このような不利益を伴う外局勤務を一部の職員に集中させず、全職員で公平に負担するというものである。

市当局は、右合意以後、本件異動原則に従って、職員の異動を行ってきた。

(2) 原告に二度目の外局勤務を命ずる不公平な転任処分

本件転任処分は、原告に対し、短期間のうちに二度目の外局勤務を命ずるものであって、本件異動原則に反する不公平な処分である。すなわち、原告は、昭和四八年二月一日、武蔵野市に職員として採用され、外局であることが明らかな市民部市民課本宿出張所で勤務した後、昭和五〇年七月から病気のため約二年間休職し、昭和五二年七月一四日、復職して以降、市民部市民課市民係に勤務していたところ、昭和五八年一〇月一四日付けの本件転任処分によって再び外局である水道部業務課収納係へ異動させられたのである。

ところで、本件異動原則にいう本庁或いは外局なる概念は、労使慣行として確立してきたものであり、本庁舎の内か外かによって区別されるものである。したがって、本庁舎外に所在する水道部が本件異動原則にいう外局に該当することは、明らかである。このことは、水道部職員に対して外局手当が支給されていることによっても裏付けられる。

また、仮に、本庁或いは外局なる概念が、単に物理的な意味での本庁舎の内か外かによって区別されるものではないとしても、本件異動原則が、前記のとおり、外局勤務が本庁勤務に比べて職員交流、福利厚生などの面で不利益であるとの労使間の共通の認識に基づき合意されるに至ったという実質的な観点からみても、本庁舎内の職場に比べて不便、不利益な職場である水道部が本件異動原則にいう外局に該当することは明らかである。

(3) 以上のとおり、本件転任処分は、労使間で合意され、労使慣行化していた外局勤務を公平に全職員に負担させるとの本件異動原則に反する不公平な処分である。

(二) 原告を本庁から排除することを企図した政治的処分

(1) 原告の活動

原告は、昭和五二年七月に復職して市民部市民課市民係に勤務するようになって以来、市職組の市民部市民課分会の中で、市当局の合理化施策に反対する様々の活動を展開してきたが、特に、昭和五六年、市当局が住民記録の電算化を計画した際には、これに最後まで反対し、遂には市民運動まで組織して闘った。

また、本件転任処分の直前には、市民課駅前連絡所の試行期間を更に六か月間延長したいとの市当局の提案に対して反対運動を展開し、その結果、市職組市民課分会の方針を連絡所廃止へ導くなど、原告の右分会内での影響力は、市当局にとって無視し得ないほど大きくなっていた。

(2) 市当局の姿勢

武蔵野市では、昭和五八年四月、土屋正忠が市長に就任して以来、市職員の賃金の合理化、退職金の削減、現業部門での三〇〇人の人員整理、コンピューターによるオンライン・システム化等の合理化施策が、次々と市当局から提案されたが、これらの提案に対しては、市職組の反対が強かったことから、市当局としても、右合理化施策を推進するためには、これに反対する職員を、影響力の強い職場から、影響力のより少ない職場へ異動させる必要があった。

本件転任処分は、市当局が、このような政治的意図に基づき、市民課の中で市当局にとって無視し得ない影響力を持つに至った原告を市民課から排除し、その影響力の及ばない外局に追いやるためにした不利益な処分である。現に、市当局は、本件転任処分後、市民課において、コンピューターのオンライン化、賃金に係る在職調整制度の廃止、通し号棒制の廃止等の合理化施策を推進した。

(3) 本件転任処分の不自然性

本件転任処分が、原告を市民課から排除する政治的意図に基づき行われたものであることは、次のような本件転任処分の不自然性からも明らかである。

すなわち、本件転任処分に伴い、水道部業務課収納係の原告の前任者富山理恵が福祉部児童課児童係へ異動し、右児童係の職員森幸子が原告の後任になるという完全な三面異動が行われているが、右富山は、昭和五八年六月二〇日に採用された配属後四か月に満たない条件付き採用期間中の者であり、また、右森も、前職場での在任期間が三年未満で、前記異動原則によれば、異動対象外の者であり、いずれも本来異動の対象にならない者であったにもかかわらず、全く不自然なことに、この二人の異動を含む三面異動として本件転任処分が強行されている。また、本件転任処分の当時、市民部市民課市民係には、外国人登録事務の経験者が原告を含めて二人しかいなかったが、この二人が揃って異動となっており、これは、事務を円滑に遂行するという観点からは、考え難い不自然なことであった。

(4) 以上のとおり、本件転任処分は、原告を市民課から排除するという政治的意図に基づいて行われた違法な政治的処分である。

4  本件裁決の違法性

(一) 本件裁決に至る経緯

(1) 被告公平委における審査は、当初、順調に進んだが、昭和五九年五月二二日に行われた第三回公開口頭審理の際、傍聴席において、被告公平委の職員末光正忠(以下「末光」という。)が、傍聴者に対して不穏当な発言をしたことが発端となって、若干のトラブルが発生した。

(2) 被告公平委は、同年七月二五日に予定されていた第四回公開口頭審理を、その直前になって、被告公平委の委員三名のうち二名が交替したことを理由として、突然、同年一〇月四日に変更したが、この変更は、次に述べるとおり、原告には、到底、納得し難いものであった。

すなわち、この変更が右期日の直前になってされたことから、まるまる一回分の期日が無駄になったばかりか、右期日は、原告が同年七月一〇日に被告市長に対する反論書を提出するとされていたことと一体となって指定されていたところ、原告が七月一〇日に反論書を提出するまでは、期日変更の件について全く触れずにおきながら、その提出直後に、原告の反対を無視して一方的に期日変更を行い、その結果、被告市長が同期日までに準備すべき釈明が次回以降に延期されるという不公平な取扱となったからである。

(3) 昭和五九年一〇月四日に行われた第四回公開口頭審理において、原告らは、被告公平委に対して、前記(1)の末光の不穏当発言について、その事実を指摘したうえ、これは、本来、一事務局職員にはできないことを独断で行ったものであり、しかも傍聴者に向けられたもので、公開口頭審理の公開性の保障という見地からしても著しく不当であるから、適切な措置を採るよう求め、また、右(2)の期日変更についても、これは、原告に対する著しい不利益取扱であり、被告公平委の公平性に疑念を抱かせるものであるから、二度とこのような措置を採ることのないよう申し入れた。

これに対して、被告公平委は、末光の不穏当発言問題について、次回期日までに事実関係を調査したうえ、指摘されたような事実があった場合には、謝罪することもやぶさかでない旨表明し、末永を審査会場から退出させる措置を採った。

(4) 昭和五九年一一月一日に行われた第五回公開口頭審理の冒頭、被告公平委から、末光の言動に関する見解が示されたが、これは、末光の提出した報告書をそのまま鵜呑みにしたもので、傍聴人からの挑発的暴言が先行していたから、末光の言動は権限を逸脱した違法な行為とは認められない、というものであった。

そこで、原告らが、一方当事者からの事情聴取だけで判断していることの不当性を指摘し、これに対する意見を述べようとしたところ、被告公平委は、暫時休憩の措置を採ったが、その休憩時間中に、またもや末光が、今度は、傍聴席において原告及び傍聴人らの会話を携帯用の超小型録音機を使用して密かに録音しようとしたことが発覚した。

原告らは、たとえ休憩時間中といえども、被告公平委の職員が傍聴席における申立人や傍聴人の会話を密かに録音する行為は、審査の公平を疑わしめる極めて重大な問題であると認識し、審理再開後、被告公平委に対し、この問題についての見解表明と適切な措置を要求した。

これに対して、被告公平委は、事務局に、録音テープの焼却と遺憾の意を表明を命じ、末光が原告らの謝罪要求を拒否したことについて、上司の課長や末光とよく相談して次回までになんらかの措置を採る旨表明した。

(5) 昭和五九年一二月二〇日に行われた第六回公開口頭審理の冒頭、被告公平委は、末光個人に対する謝罪要求について、末光が休憩時間中に録音した行為は、違法な盗み取り行為ではないと判断されるので、末光個人に対する謝罪要求は取り上げないとの見解を示したが、その際、同期日を録音問題に関する「研究」の機会とすることを認める趣旨の説明をした。

そのため、右期日は、右問題に関する原告らと被告公平委との応酬に終始したが、被告公平委は、原告らの主張・要求に対して誠実に対応しないどころか、審理促進に協力しない場合には審査を打ち切ると恫喝する始末であった。

(6) 昭和六〇年三月一二日に行われた第七回公開口頭審理の冒頭、被告公平委は、同期日の審理方針として、申立人である原告の主張及び立証に関する陳述並びに処分者である被告市長の反論に関する陳述を優先的に取り扱い、その余の問題についての原告らの意見は、これらが済んでから一括して聴くのと見解を示した。

これに対して、原告らは、盗聴録音問題は、被告公平委という場において審理が公平に行われる態勢が整備されているかどうかという前提問題であるとの立場から、盗聴問題について予め用意していた見解を陳述したうえ、その結論として、末光個人が傍聴人及び原告に対し謝罪することを被告公平委として命ずること、及び、被告公平委自身がその責任を明らかにして謝罪することを求めた。

原告らの右見解は、充分な検討を経ており、内容的に前回期日における被告公平委の見解を凌駕するものであったから、被告公平委は、これに対する一定の見解を示すべきであったにもかかわらず、ただ単に意見を聴きおくとするだけで、右審理方針に従って審理を強行しようとした。

そこで、原告らが、これに抗議したところ、被告公平委は、一〇分間の休憩の後、右期日の審理を中止し、次回期日は追って指定すると決定した。

(7) 昭和六〇年一二月二五日に行われた第八回公開口頭審理の冒頭、被告公平委は、原告に対して、立証手続に入ることを促した。

これに対して、原告らは、前回期日における一方的な審理中止に抗議したが、被告公平委が、これに全く耳を貸そうとせず、立証手続に入るかどうかを尋ねるだけであったことから、立証手続に入る旨を被告公平委に言明した。

ところが、このように原告らが立証手続に入ることを言明したにもかかわらず、しかも、原告らは、事前にその準備をしてきたにもかかわらず、被告公平委は、原告らには本件審査を継続する意思がないと断定したうえ、一方的に本件審査の打切りを宣言したのである。この間、僅か七分間であった。

(8) そこで、原告らは、被告公平委に対し、右本件審査打切りの翌日である昭和六〇年一二月二六日、審査継続の意思があるから、直ちに審査を再開されたい旨、更に、昭和六一年一月一〇日、審査再開に関する協議を行いたい旨、いずれも文書をもって申し入れた。

しかし、被告公平委は、これらの申入れを一切無視して、昭和六一年一月三〇日付けをもって本件裁決を強行したのである。

(二) 審査を打ち切って棄却裁決をした違法

(1) 被告公平委は、本件裁決において、申立人は、委員会に救済を求めた者として、誠実に審査手続に協力する義務があるというべきであるから、申立人が、委員会の指揮に従わず、本来の申立の範囲を逸脱した主張を繰り返し、いたずらに審査を遅滞、停滞せしめるなど、甚だしく審査協力義務に違背し、実質的審査を継続する意思を有しないものと認められる場合には、不服申立制度の趣旨に鑑み、委員会は、審査を打ち切って申立を棄却することができるとの独自の法理を展開したうえ、被告公平委の不利益処分についての不服申立に関する規則(以下「本件規則」という。)一一条に「不服申立人の所在不明等により審査を継続することができなくなったと認める場合……においては、審査を打ち切り、不服申立てを棄却することができる。」とあるのは、一見審査打切りの事由を右のような物理的に審査継続が不可能な場合に限定しているようでもあるが、東京都特別区の不利益処分の不服申立の審査に関する規則五一条が、「所在不明の場合」と共に「審査を継続する意思を有しないと認められる場合」を併記し、これらの場合にいずれも審査を打ち切って不服申立を却下することができる旨規定していることと、右法理に鑑みると、本件規則一一条の「所在不明等」の「等」には、申立人に審査継続の意思がない場合も含まれると解するのが相当であるところ、本件事実関係においては、もはや原告は審査を継続する意思を有しないものと判断されるとして、本件審査を打ち切って原告の申立を棄却することができる旨断じている。

(2) しかしながら、本件規則一一条は、「委員会は、不服申立人の所在不明等により審査を継続することができなくなったと認める場合又は処分者による処分の取消、修正等により審査を継続する必要がなくなったと認める場合においては、審査を打ち切り、不服申立てを棄却することができる。」と規定しており、これを文言どおりに解釈すれば、審査を打ち切って棄却裁決をすることが許されるのは、審査を継続することが物理的に不可能な場合と、不服申立人において審査を継続する実質的利益がなくなった場合に限られることは明らかであって、本件規則一一条にいう「所在不明等」の「等」に、「審査継続の意思がない場合」を含めて解釈することは許されない。公平委員会が、地方公務員法四九条の二第一項に基づく行政不服審査法による不服申立について、審査を打ち切って申立を排斥する旨の棄却裁決をすることは、地方公務員の公平委員会への不服申立の権利それ自体を、一方的に剥奪するという不服申立人にとって極めて重大な影響を及ぼすものであることに鑑みると、それが許されるのは明文の規定が存するときに限られ、明文の規定のある場合でも拡大解釈は許されず、文理にかなった厳格な解釈をするべきだからである。

なお、東京都特別区の不利益処分の不服申立の審査に関する規則が、「所在不明の場合」と共に「審査を継続する意思を有しないと認められる場合」にも、審査を打ち切って不服申立を却下することができる旨規定しているは、「所在不明等」の「等」に「審査継続の意思がない場合」を含める解釈が到底不可能であるが故に、別にその旨の規定を設けたものと解すべきであって、このことを、本件規則一一条の「所在不明等」の「等」に申立人に審査継続の意思がない場合を含めて解釈することの根拠とすることは許されないというべきである。

(3) 仮に百歩譲って、明文の規定がなくとも、公平委員会の制度の趣旨から、審査を打ち切って棄却裁決をすることが許される場合があるとしても、それは、<1>不服申立人が審査を継続する意思を放棄したと認められ、<2>審査を打ち切って棄却裁決をする以外には方法がなく、それが真にやむを得ないと認められ、<3>いったん審査を打ち切った後、相当の冷却期間をおいて、申立人に審査継続及び審査協力の意思の確認を行い、それでも、なおそのような意思が認められない場合に限られるべきである。

しかるに、前記(一)の本件裁決に至る経緯に述べたとおり、原告は、一貫して審査を継続する意思を有しており、また、被告公平委が審査を打ち切った後も、二度にわたり審査の再開を申し入れていたのであるから、本件が右のような審査を打ち切って棄却裁決をすることが許される場合に当たらないことは明らかである。

(4) 以上のとおり、本件裁決には、審査を打ち切って原告の申立を棄却した違法がある。

(三) 証拠に基づかない事実認定をした違法

(1) 被告公平委は、本件裁決において、審査を打ち切って原告の申立を棄却する理由の一つとして、原告は、被告公平委の新委員長が選任されるや、新委員長は土屋市政のもとで選任され、しかも、裁判官の前歴を有し、反動的であるとして、今後、市当局を相手方とする公平委員会闘争の中で、被告公平委そのもと対決していくとの趣旨の記事を掲載した「連帯」名義の新聞を発行して市職員に配付し、もって、被告公平委に対し、対決の姿勢を顕示していた旨認定している。

(2) しかしながら、被告公平委は、連帯編集委員会発行の機関紙である右「連帯」を本件審理の過程で証拠に採用して取り調べることもなく、平然と右のような認定を行っているのであって、このような証拠に基づかない認定が、公平かつ公正な裁決を担保するため、証拠に基づく審査・裁決を保障している公平委員会制度の趣旨及び本件規則に違反し、違法であることは明らかである。

すなわち、公平委員会が、地方公務員法四九条の二第一項に基づく行政不服審査法による不服申立について、裁決をする場合に、その審査手続・構造が準司法的に構成されることは、争いのないところであるから、裁決の基礎となる証拠は、その客観性・合理性を確保し、当事者に対する不意打ちを防止するためにも、公平委員会が審理の過程で証拠として取り調べたものに限られることは、一般の民事訴訟手続となんら異なるものではない。

また、本件規則の「委員会は、書面審査を行う場合においては、期限を定めて不服申立人に対し、証拠の提出を求めるとともに、期限を定めて処分者から答弁書及び証拠の提出を求めるものとする。」(七条一項)、「当事者は、審査が終了するまでは、いつでも委員会に対し、証拠の申出をすることができる。……」(七条六項)、「委員会は、口頭審理を終了するに先だって、当事者に対して、最終陳述をし、かつ、必要な証拠を提出することができる機会を与えなければならない。」(八条五項)、「委員会は……裁決書又は決定書(以下「判定書」という。)を作成しなければならない。」(一二条一項)、「判定書には、次の各号に掲げる事項を記載し……なければならない。……(2)理由……」(一二条二項)などの諸規定を通覧すると、本件規則が、被告公平委の審査について、一般の民事訴訟手続と同様、取り調べた証拠に基づく認定を要求していることは疑う余地のないところである。

なお、被告公平委が、民事訴訟法二五七条の「顕著ナル事実」に当たるとして、前記のような認定をしたものとしても、それはやはり違法であることを免れない。すなわち、同条の「顕著ナル事実」とは、講学上、公知の事実と裁判所が職務上知り得た事実の二つに分けられ、そのうち公知の事実とは、たとえば、関東大震災、第二次世界大戦、現在の内閣総理大臣、有名人の死亡など、一定の地域において、不特定多数人により知られ、または、認められており、裁判所もそれを知っている事実であり、裁判所が職務上知り得た事実とは、前の訴訟または非訟事件手続における破産、禁治産宣告、後見人の選任、法定代理権の喪失などの事実で、裁判所がその職務を行うに当たって知ることができる事実であるところ、武蔵野市庁舎内において市職組の組合員に対してのみ配付されていた前記「連帯」の記載内容が、特に証拠によって認定する必要がない程度に、被告公平委が了知している事実とはいい難いことは明らかであるからである。

(3) また、仮に、準司法機関としての公平委員会には、証拠収集に当たって職権探知が許されるとしても、職権で探知した証拠を裁決の基礎として用いるためには、当事者に対する不意打ちを防止するため、予めこれを当事者に提示し、意見陳述の機会を与えることが必要であって、これを行うことなく、全く不意打ち的に裁決の基礎として用いることが許されるものではない。このことは、行政事件訴訟法が、職権証拠調べの結果については当事者の意見を聴かなければならない(同法二四条ただし書)とし、人事訴訟手続法が、職権証拠調べの結果につき当事者を尋問すべし(同法一四条ただし書)としていることからも明らかである。

しかるに、本件では、被告公平委が、前記「連帯」を、いつ、どこで、どのような手段で入手したのか全く明らかになっていないばかりか、申立人である原告には、前記「連帯」について、証拠閲覧と意見陳述の機会を全く与えていないのであるから、被告公平委が前記「連帯」を事実認定の基礎としたことが違法であることは明らかである。

(4) 以上のとおり、本件裁決には、証拠に基づかない認定をした違法がある。

(四) 審査指揮権の著しい濫用による違法

(1) 不穏当発言について

被告公平委は、末光の不穏当発言問題に対する原告の異議申立について、末光から不穏当発言を受けた当事者である伊藤弘之に対してなんら事情聴取することなく、末光の一方的な報告書のみに基づき、傍聴人からの挑発的暴言が先行していたから、末光の言動は権限を逸脱した違法な行為とは認められないと断定し、これを却下してしまった。

右のような、原告の異議申立に誠実に対応しようとせず、トラブルの一方当事者から報告書を提出させたのみで充分に事実を解明しないまま、原告の異議申立を却下した被告公平委の審査指揮が、手続的正義を無視するものであって、公平かつ公正を旨とする公平委員会に委ねられた審査指揮権を濫用するものであることは明らかである。

(2) 盗聴録音問題

被告公平委は、末光の盗聴録音問題に対する原告の異議申立について、不穏当発言問題と同様、末光に対する審尋を行ったのみで、末光が休憩時間中に録音した行為は、違法な盗み取り行為ではないと断定して、これを却下した。

右のような、審査の促進を急ぐあまり、真実究明に対する慎重な配慮を欠く被告公平委の審査指揮が、当事者の一方に偏った偏頗なものであって、公平かつ公正を旨とする公平委員会に委ねられた審査指揮権を濫用するものであることは明らかである。

(3) 以上のとおり、本件裁決の手続には、審査指揮権を著しく濫用した違法がある。

5  よって、原告は、本件処分及び本件裁決の取消を求める。

二  被告市長の本案前の主張

1  不利益処分性の欠如

本件転任処分は、原告の身分、俸給等になんら異動を生じさせるものではなく、また、勤務場所、勤務内容においてなんら不利益を伴うものではないから、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当しない。

したがって、原告には、本件転任処分の取消を求める法律上の利益がなく、原告の被告市長に対する訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから、却下を免れない。

2  訴えの利益の喪失

被告市長は、昭和六三年一〇月一四日付けで、原告を武蔵野市水道部業務課収納係から同市市民部保険年金課国民年金係に異動させる旨の転任処分を行い、同月二〇日以降、原告は同市市民部で勤務している。

したがって、原告は、現在では、本件転任処分の取消によって回復することを求めていた従前の地位、すなわち市民部で勤務する地位を回復していることになるから、原告の被告市長に対する訴えは、訴えの利益を喪失して不適法となり、この意味においても却下を免れない。

3  審査前置の欠缺

(一) 被告公平委は、原告の本件不服申立について、原告には真に審査を継続する意思がないと認定したうえ、かかる不服申立は、結局、不適法或いはそれに準じたものになるとして、これを棄却して実体審理をしない旨の本件裁決をした。なお、本件裁決は、実質的には本件不服申立を却下したものであるが、主文は本件規則に従い棄却とされている。

(二) 被告公平委での本件審理における原告の不誠実な態度等に照らすと、原告には真に審査を継続する意思がなかったと認めざるを得ないから、行政不服審査法及び本件規則一一条の各規定の趣旨に鑑み、本件裁決は正当であって、なんら違法はない。

(三) ところで、行政事件訴訟法八条一項ただし書及び地方公務員法五一条の二各所定の「裁決を経た後」には、本件のごとく、審査手続における不服申立人の不誠実な態度に起因して、不服申立が適法に却下された場合は含まれないと解すべきである。さもないと、審査手続において、審査を継続する意思がないと認められるような不誠実な態度を取りながら、却下の裁決を受けると、今度は、訴訟において、審査前置を経たことを主張して、原処分の取消を求めることができることとなり、不合理だからである。これでは、審査前置を容易に回避することができ、審査前置を定めた法の規定が潜脱されることとなる。

そうすると、審査手続における不誠実な態度に起因して、真に審査を継続する意思を有しないとされ、その結果、本件処分について実体審理を受けられなくなった原告は、本件処分について審査裁決を経ていないこととなる。

(四) 以上のとおり、原告は、本件処分について審査裁決を経ていないことになるから、原告の被告市長に対する訴えは、行政事件訴訟法八条一項ただし書、地方公務員法五一条の二に違背して審査前置を欠く不適法なものとなり、この意味においても却下を免れない。

三  被告市長の本案前の主張に対する原告の反論

1  本件転任処分の不利益性について

(一) 武蔵野市水道部は、同市の経営する公営企業であって、地方公営企業法の適用を受け、その職員は地方公営企業労働関係法の適用を受ける。同市は、地方公営企業法七条に定める管理者を置いていないため、いわゆる市長部局も、水道部も、その職員に対する任免権者が市長ということになり、市長部局から水道部への異動も、またその逆の異動もあたかも同一の任免権者による転任のごとく行われるが、厳密には地方公共団体の長としての権限発動と地方公営企業の管理者の地位として行われるそれとの二つがあり、区別される。そのため、市長部局から水道部への異動も、またその逆の場合も、「出向を命ずる」との辞令を交付しているのが常である。

このように、水道部への異動は市長部局内での異動とは身分上の取扱が異なっており、市長部局である市民部市民課市民係から水道部業務課収納係への異動を命じた本件転任処分は、正確には出向処分であるうえ、原告は、以下に述べるとおり、本件転任処分によって種々の不利益を被っている。

(二) 原告は、被告市長から、本件転任処分を受け、昭和五八年一〇月一九日までに異動先の水道部業務課収納係に着任することを命じられたが、本件転任処分が違法・不当なものであって、これに従うことはできないとの立場から、同月二〇日、二一日、二二日の三日間、従前の勤務場所である市民部市民課市民係の勤務に就いたところ、被告市長は、右三日間を欠勤として扱い、同年一一月に原告に支給した給与から二万三五六〇円を、同年一二月に原告に支給した勤勉手当から六〇〇〇円を、それぞれ控除した。

右給与及び勤勉手当の控除という不利益は、本件転任処分がなければ原告が被らなくて済んだものであり、本件転任処分によって生じたものである。

(三) 水道部庁舎が本庁舎から離れた場所に所在しているため、職員間の交流が疎遠となり、ことに水道部庁舎には、本件転任処分当時、女子職員が二名(現在では五名)しかいなかったことから、原告は、本件転任処分によって水道部に異動した結果、次のような不利益を被った。

(1) 本庁舎においては、地下一階の女子更衣室で、登退庁や昼休み時等に女子職員間での会話、交流がもたれ、また、タイムカードの設置場所、組合事務所、トイレ等でも偶然他の課の職員と行き交い、会話が交わされる。

これらの会話は、意識的に会うことを約束して行われるものではなく、偶然の出会いの中で行われるだけに、その中で貴重な情報や重要な示唆を得ることが多い。特に、原告の場合、水道部に異動後、妊娠・出産を経験したが、本庁舎にいれば、妊娠中の女子職員や、妊娠・出産を経験した女子職員が多数いることから、妊娠中であれば、どういうことに気をつけたら良いのかとか、保育園の申請、無認可保育園を早めに探しておいたほうが良いとか等について、また、産後についても、夜泣きはどうしたら良いか、夜のおむつの取り替え、離乳食の調理方法等、核家族の共働き夫婦にはとても参考となる体験談を聞くことができたはずである。

しかるに、原告は、水道部で勤務するようになってから、右のような日常的な出会や交流の機会を失い、当時の原告には特に必要とされた貴重な情報や重要な示唆を得ることができなくなった。

(2) 本庁舎においては、低温殺菌・無農薬の牛乳、平飼い安全飼料飼育の鶏の卵、肉、玄米、パン等安全な食物の集団購入が行われており、退庁時に組合事務所に取りに行くという方法で、割安に購入できる。

しかるに、原告は、勤務終了後、保育園に子供を迎えに急いで帰らなければならないことから、水道部で勤務するようになってから、右の食物の集団購入を利用することができなくなった。

(四) 本庁舎以外の庁舎の場合、本庁舎と比べて、職員共済施設等の利用の面で格段の差があることから、原告は、本件転任処分によって水道部に異動した結果、次のような不利益を被った。

(1) 本庁舎においては、女子更衣室に休養室が付いており、かつ、広い洗い場があるので、そこでタオルを濡らして汗を拭き取ることもできるし、更に、地下二階にシャワー室があるのでそこでシャワーを浴びて、汗を流すこともでき、昼休みに健康維持のためジョギングなどの運動をしたときは、これを利用することができる。

しかるに、水道部庁舎には、本件転任処分当時、女子休養室がなく、二年近く経ってからようやく、各人のロッカーも置いてある更衣室兼休養室が設けられたが、女子職員が増加することを見越さずに三名の基準に作ったため、女子職員が五人いる現在では手狭となっている。また、女子用シャワー室は今もってなく、そのため、検針員の女性が汗をかいて戻ってきても、シャワーを浴びることができないほか、昼休みにジョギングなどの運動をしても、シャワーを浴びて午後から快適に仕事に臨むことができない。

(2) 本庁舎では、八階に食堂があり、昼休みを中心に勤務時間中も含めて職員によく利用されているほか、同階にある売店では、菓子類、ティッシュペーパー、スリッパ、ストッキング等の雑貨、切手、葉書、煙草等が販売されており、写真の現像の受付もある。

しかるに、水道部庁舎が本庁舎より離れているため、原告を含む水道部職員には、右食堂・売店の利用が困難である。

(3) 本庁舎では、八階にある女子休養室を利用して、昼休みにヨーガ教室が女子職員優先によって行われており、本庁舎の職員は、軽い気持ちでこれに参加することができる。

しかるに、水道部庁舎が本庁舎より離れているため、原告を含む水道部職員には、右ヨーガ教室への参加が困難である。

(4) 本庁舎では、八階に保健室があり、健康上の相談や薬を貰うなど、職員によく利用されている。

しかるに、水道部庁舎が本庁舎より離れているため、原告を含む水道部職員には、右保健室の利用が困難である。

(五) 水道部は、職員数に比して業務量が多く、その分、職員は労働過重となっていた。特に、水道部業務課収納係は、原告が異動した昭和五八年一〇月当時から、電算機が導入される昭和六一年一二月までの間、超過勤務が常態化しており、原告を除く殆どの職員が月三〇時間の超過勤務を行っていたが、それでも、業務をこなしきれずに、同課料金係等に応援を求めることもしばしばであり、その応援は時間外勤務によって行われていた。なお、水道部にあっては、市職組公営企業評議会と市当局との時間外勤務に関する協定により、現場作業やポンプ作業に従事しない男子職員の時間外勤務は月三〇時間以内、女子職員は労働基準法六一条の規定によると定められていた。

これに対し、原告が本件転任処分以前に勤務していた市民部市民課市民係においては、日常業務は正規の時間中に処理されていた。

このように、原告は、本件転任処分によって、労働加重の職場に勤務するという不利益を被った。

(六) 水道部という本庁舎以外の職場に勤務しているということは、前述したように、本庁舎に勤務する多数の職員との日常的交流が疎遠になるということであるから、当然に組合活動上の不利益も大きく、原告は、本件転任処分によって、組合活動上の不利益も被った。

(七) 以上のとおり、本件転任処分は正確には出向処分であるうえ、原告は、本件転任処分によって、種々の不利益を被っているから、本件転任処分が地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当することは明らかであって、原告には、本件転任処分の取消を求める法律上の利益があり、原告の被告市長に対する訴えは適法である。

2  原告が訴えの利益を喪失していないことについて

(一) 原告は、昭和六三年一〇月二〇日以降、市民部保険年金課国民年金係に勤務しているが、同係は、本件転任処分以前に原告が勤務していた市民部市民課市民係とは、次のとおり、勤務場所として明らかに異なるものである。

(二) 第一に、武蔵野市部課に関する条例は、その事務分掌を、市民部市民課については、<1>戸籍、住民基本台帳及び外国人登録に関する事項、<2>住居表示に関する事項、<3>出張所に関する事項と規定し、市民部保険年金課については、<1>国民健康保険(国民健康保険税の徴収を含む。)に関する事項、<2>国民年金に関する事項と規定しており、両者を截然と区別している。

(三) 第二に、武蔵野市部課に関する条例に基づく武蔵野市事務分掌規定は、市民部市民課市民係の事務分掌を、<1>各種届出書類等の受付及び証明書等の交付に関すること、<2>戸籍登録に関すること、<3>住人基本台帳の整理に関すること、<4>印鑑登録に関すること、<5>外国人登録に関すること、<6>自動車臨時運行許可に関すること、<7>人口動態に関すること、<8>埋火葬許可に関すること、<9>母子手帳の交付に関すること、<10>助産費、育児手当及び葬祭費の支給に関することと規定し、市民部保険年金課国民年金係の事務分掌を、国民年金に関することと截然と区別して規定しており、両者の職務内容は明らかに異なっている。

(四) 第三に、市民部のうちでも市民課市民係と保険年金課国民年金係とでは、その設置目的においても、市民課市民係が住民の管理ということにあるのに対し、保険年金課国民年金係が市民の福祉ということにあり、やはり異なっている。

(五) 以上のとおり、原告が、本件転任処分以前に勤務している市民部市民課市民係と、昭和六三年一〇月二〇日以降、勤務している市民部保険年金課国民年金係とは、勤務場所として明らかに異なるものであるから、原告は、現在でも、本件転任処分の取消によって回復することを求めている従前の地位を回復しておらず、したがって、原告の被告市長に対する訴えは、現在でも訴えの利益があり、適法である。

3  裁決を経ていることについて

(一) 行政事件訴訟法八条二項は、裁決を経ないで処分の取消の訴えを提起することができる場合の一つとして、「審査請求があった日から三個月を経過しても裁決がないとき。」(同項一号)を挙げ、審査請求が適法でありさえすれば、三か月を待って出訴できる制度を採っているのであって、その限りで審査前置主義を大幅に緩和している。このように、適法な不服申立と三か月の期間経過との二つの要件がありさえすれば、訴訟により原処分を争うことができる以上、審査前置を回避するため、わざわざ「却下裁決を得る」必要はないのであって、被告市長の主張は、それ自体、極めて現実性に欠けるものである。また、三か月経過後に訴えを提起すれば、審査庁の審査とは全く無関係に訴訟が進むのであるから、三か月経過後の審査庁における申立人の審査態度を理由に、訴えを退けることができるとすると、制度上極めて不均衡な結果を招来することとなる。そればかりか、被告市長の主張のような見解を採用すれば、裁判を受ける権利を奪うための却下裁決を多く生む危惧すら存するのである。

(二) 行政事件訴訟法八条一項ただし書及び地方公務員法五一条の二各所定の「裁決を経た後」について、法はなんら制約を置いておらず、この「裁決」は形式的な裁決で足りると解すべきであるが、仮に被告市長のいう「審査前置の潜脱」を考慮しても、不服申立自体が不適法として却下された場合が除外されるに過ぎないと解すべきである。

(三) そうすると、原告の本件不服申立は適法であるから、原告は本件転任処分について審査前置を経ていることになる。

また、仮に被告市長の主張が採用されるとしても、それは本件裁決が適法であることを前提とするものであるところ、前述のとおり、本件裁決は違法であるから、いずれにしても、原告は本件転任処分について審査前置を経ていることになる。

(四) 以上のとおり、原告は、本件転任処分について審査前置を経ていることになるから、原告の被告市長に対する訴えは、適法である。

四  請求原因に対する認否

(被告市長)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同3について

(一) 同3の(一)の(1)及び(3)の事実は否認する。(2)のうち、原告が昭和四八年二月一日武蔵野市に職員として採用され、市民部市民課本宿出張所に勤務した後、約二年間病気のため休職し、昭和五七年七月一四日から市民部市民課市民係に勤務し、本件転任処分により水道部業務課収納係へ異動させられたことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同3の(二)のうち、(1)の事実は知らず、(2)の事実中、本件転任処分後、市民課においてコンピューターのオンライン化をしたことは認め、その余は否認し、(3)の事実中、水道部業務課収納係の原告の前任者富山理恵が福祉部児童課児童係へ異動したこと、右富山が、昭和五八年六月二〇日に採用された新規採用者であること、右児童係の在職三年未満の職員森幸子が原告の後任になったことを認め、その余は否認し、(4)の事実は否認する。

(被告公平委)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同4について

(一) 同4の(一)について

(1) 同4の(一)の(1)の事実のうち、被告公平委における審理が、当初、順調に進んだことは認め、その余は知らない。

(2) 同4の(一)の(2)の事実のうち、被告公平委が同年七月二五日に予定されていた第四回公開口頭審理を、被告公平委の委員三名のうち二名が交替したため同年一〇月四日に変更したことは認め、その余は否認する。

(3) 同4の(一)の(3)の事実は認める。

(4) 同4の(一)の(4)の事実のうち、被告公平委の見解が、末光の提出した報告書をそのまま鵜呑みにしたものであることは否認し、休憩時間中に、末光が、今度は、傍聴席において原告及び傍聴人らの会話を携帯用の超小型録音機を使用して密かに録音しようとしたことが発覚したこと、原告らが、たとえ休憩時間中といえども、被告公平委の職員が傍聴席における申立人や傍聴人の会話を密かに録音する行為は、審理の公平を疑わしめる極めて重大な問題であると認識したことは知らず、その余は認める。

(5) 同4の(一)の(5)の事実のうち、昭和五九年一二月二〇日に行われた第六回公開口頭審理の冒頭、被告公平委が、末光個人に対する謝罪要求について、末光が休憩時間中に録音した行為は、違法な盗み取り行為ではないと判断されるので、末光個人に対する謝罪要求は取り上げないとの見解を示したことは認め、その余は否認する。

(6) 同4の(一)の(6)の事実のうち、昭和六〇年三月一二日に行われた第七回公開口頭審理の冒頭、被告公平委が、同期日の審理方針として、原告の主張及び立証に関する陳述並びに処分者の反論に関する陳述を優先的に取り扱い、その余の問題についての原告らの意見は、これらが済んでから一括して聴くとの見解を示したこと、原告らが、盗聴問題について見解を陳述したうえ、末光個人が傍聴人及び原告に対し謝罪することを被告公平委として命ずること、及び、被告公平委自身がその責任を明らかにして謝罪することを求めたこと、被告公平委が、期日の審理を中止したことは認め、その余は否認する。

なお、末光の録音行為は盗聴ではない。

(7) 同4の(一)の(7)の事実のうち、昭和六〇年一二月二五日に行われた第八回公開口頭審理の冒頭、被告公平委が、原告に対して、立証手続に入るよう促したこと、被告公平委が、原告らには本件審査を継続する意思がないと判断して、本件審査を打ち切ったことは認め、その余は否認する。

(8) 同4の(一)の(8)の事実のうち、原告らが、被告公平委に対し、昭和六〇年一二月二六日、審査継続の意思があるから直ちに審査を再開されたい旨、昭和六一年一月一〇日、審査再開に関する協議を行いたい旨、いずれも文書をもって申し入れたこと、被告公平委が、昭和六一年一月三〇日付けで本件裁決をしたことは認め、その余は否認する。

(二) 同4の(二)のうち、(1)の事実は認め、(2)ないし(4)の主張は争う。

(三) 同4の(三)のうち、(1)の事実は認め、(2)ないし(4)の主張は争う。

(四) 同4の(四)のうち、(1)、(2)の事実は否認し、(3)の主張は争う。

第三証拠関係(略)

理由

一被告市長に対する訴えについて

1  被告市長が、昭和五八年一〇月一四日付けで、原告を武蔵野市市民部市民課市民係から同市水道部業務課収納係へ異動させる旨の本件転任処分をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、本件転任処分が、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当するか否かについて検討するに、(証拠略)によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件転任処分は、原告に対し、具体的に従事する職務及び勤務場所の異動をもたらしたが、被告市長によって任用された一般職の地方公務員としての身分や主事という職名及び給与そのものにはなんらの変動も生ぜしめていない。

(二)  原告が本件転任処分以前に従事していた市民部市民課市民係の職務と、本件転任処分によって従事することとなった水道部業務課収納係の職務は、いずれも、いわゆるデスクワークを主とする事務職であって、両者の間に本質的な差異はなく、また、勤務時間も全く同じである。

(三)  水道部業務課収納係のある水道部の庁舎は、市民部市民課市民係のある本庁舎とは別の場所に所在しているが、徒歩で六、七分、距離にして六〇〇メートル程しか離れておらず、原告は、本件転任処分に伴い、住居の移転を必要としなかったことはもちろん、通勤に要する時間も従前と殆ど変わっていない。

3  右認定事実に照らすと、本件転任処分は、いわゆる水平異動であって、原告の身分や職名、給与そのものになんらの変動を生じさせるものではなく、また、客観的、実際的見地からみても、原告の勤務場所、勤務内容に不利益を伴うものではないことが認められるから、本件転任処分は、他に特別の事情がない限り、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」には該当しないというべきである。

4  この点につき、原告は、本件転任処分が地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当するとして、縷々主張するが、次に述べるとおり、いずれも採用することができない。

(一)  原告は、本件転任処分が正確には出向処分であるとして、これを本件転任処分の不利益性を判断する際の要素として考慮すべきである旨主張する。

しかしながら、前記認定によれば、本件転任処分は、被告市長によって任用された一般職の地方公務員としての身分や主事という職名にはなんらの変動を生ぜしめるものではなく、また、労務提供の相手方にも変動を生ぜしめるものではないから、いわゆる出向処分に当たるとはいえないし、仮に、本件転任処分が正確には出向処分としての性質を持つとしても、原告主張のような事情のみでは、本件転任処分の不利益性が基礎付けられる謂われはない。

(二)  原告は、本件転任処分を受け、昭和五八年一〇月一九日までに異動先の水道部業務課収納係に着任することを命じられたが、本件転任処分が違法・不当なものであって、これに従うことはできないとの立場から、同月二〇日、二一日、二二日の三日間、従前の勤務場所である市民部市民課市民係の勤務に就いたところ、被告市長は、右三日間を欠勤として扱い、同年一一月に原告に支給した給与から二万三五六〇円を、同年一二月に原告に支給した勤勉手当から六〇〇〇円を、それぞれ控除したが、これは、本件転任処分によって生じた不利益である旨主張する。

確かに、(証拠略)によれば、原告は、本件転任処分を受け、昭和五八年一〇月一九日までに異動先に着任するよう命じられたにもかかわらず、同月二〇日、二一日、二二日の三日間、従前の勤務場所での勤務に就いたことから、右三日間を欠勤として扱われ、同年一一月に支給された給与から二万三五六〇円を、同年一二月に支給された勤勉手当から六〇〇〇円を、それぞれ控除されたことが認められる。

しかし、これは、原告が自らの意思に基づいて本件転任処分に従うことを拒否し、直ちには異動先での勤務に従事しなかったことによって生じた不利益であって、自ら招いたものであり、本件転任処分の直接の法的効果ということはできないから、右事実があるからといって、本件転任処分の不利益性を基礎付けることはできない。

(三)  原告は、水道部庁舎が本庁舎から離れた場所にあるため、職員間の交流が疎遠となり、ことに水道部庁舎には、本件転任処分当時、女子職員が二名(現在では五名)しかいなかったことから、本件転任処分によって水道部に異動した結果、種々の不利益を被った旨主張する。

しかしながら、仮に原告主張のような事実が認められるとしても、このような事情は、職務自体或いはその遂行とは直接の関係のないものであって、本件転任処分の直接の法的効果として生じたものとは認め難いから、このような事情があるからといって、本件転任処分の不利益性を基礎付けることは許されない。

(四)  原告は、本庁舎以外の庁舎の場合、本庁舎と比べて、職員共済施設等の利用の面で格段の差があることから、本件転任処分によって水道部に異動した結果、種々の不利益を被った旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、水道部の庁舎と本庁舎とは、徒歩で六、七分、距離にして六〇〇メートル程しか離れていないのであるから、施設利用の面で原告が主張するほどの不利益が生じたとは認め難いばかりか、仮に原告主張のような不利益が認められるとしても、それは職務自体或いはその遂行とは直接の関係のないものであって、本件転任処分の直接の法的効果として生じたものとは認め難いから、そのような事情をして、本件転任処分の不利益性を基礎付けることは許されない。

(五)  原告は、水道部は、職員数に比べ業務量が多く、その分、職員は労働過重となっており、本件転任処分によって、労働加重の職場に勤務するという不利益を被った旨主張する。

しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件転任処分によって水道部業務課収納係へ異動した以降、一度も超過勤務をしていないことが認められるから、仮に原告主張のような労働加重の事実が存在するとしても、それは、原告自身の利益、したがって本件転任処分の不利益性とはなんら関係がない。

(六)  原告は、水道部という本庁舎以外の職場に勤務していると、本庁舎に勤務する多数の職員との日常的交流が疎遠になることから、当然に組合活動上の不利益も大きく、本件転任処分によって、組合活動上の不利益も被った旨主張する。

しかしながら、地方公務員は、職務専念義務を負い(地方公務員法三五条)、勤務時間中に組合活動を行うことは許されないから、原告の主張が勤務時間中の組合活動に不都合を生じたという趣旨であれば、主張自体失当というほかはない。また、勤務時間外の組合活動についても、前記認定のとおり、水道部の庁舎と本庁舎とは、徒歩で六、七分、距離にして六〇〇メートル程しか離れていないのであるから、たとえ不都合が生じたとしても、それは転任処分によって通常生じる程度のものに留り、考慮に値するほどの不都合とは認め難い。

5  以上のとおりであって、本件転任処分は地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当しないから、原告は本件転任処分の取消を求める法律上の利益を欠くといわざるを得ず(最高裁昭和六一年一〇月二三日第一小法廷判決・裁判集民事一四九号五九頁参照)、したがって、原告の被告市長に対する訴えは、本件転任処分の違法性について立ち入って判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

二 被告公平委に対する訴えについて

1  被告市長が、昭和五八年一〇月一四日付けで、原告を武蔵野市市民部市民課市民係から同市水道部業務課収納係へ異動させる旨の本件転任処分をしたこと、原告が、同月一九日、被告公平委に対して、地方公務員法四九条の二第一項に基づき、行政不服審査法による本件転任処分の取消を求めて本件不服申立をしたこと、被告公平委が、昭和六一年一月三〇日付けで右不服申立を棄却する旨の本件裁決をしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

2  ところで、本件転任処分が地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」に該当しないことは、右一に説示したとおりである。

そして、行政不服審査法による不服申立は、地方公務員法四九条一項所定の「不利益な処分」を受けた職員について認められるもので、それ以外の職員に対する処分については、そもそも、不服申立は認められないのであるから(地方公務員法四九条の二第一、二項)、原告は、本件転任処分については、行政不服審査法による不服申立をすることが許されず、本件不服申立は不適法として却下を免れない筋合いのものである。そうすると、原告は、本件不服申立を棄却した本件裁決の取消を求める法律上の利益を有しないことになり、したがって、原告の被告公平委に対する訴えは、本件裁決の違法性について立ち入って判断するまでもなく、不適法として却下を免れないというべきである。

三 結論

以上のとおり、原告の本件訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 竹内民生 裁判官 田村眞)

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